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2005/02/06

能楽師の内弟子(2)芸は自分で吸収する

内弟子レポートでもう一つ印象的だったことは技術的なものの学習でした。

よく「芸は盗むもの」と言いますが、梅若 六郎さんのポリシーも「芸は自分で吸収するもの」。内弟子さん達に技術的な指導はされないそうです。
で、どうやって学習するかというと、内弟子さんたちは六郎さんがご自分で稽古をされている声を障子越しに必死に聞いていました。内弟子さんたちのポーズは障子に向かってはすに構え、まるで向こうの話を盗み聞きをしているようでした(^-^;))

こういう学習って、教育学ではどのように表現・説明できるのでしょうね?
「観察学習」とかでしょうか?
ウェンガーたちが言う「徒弟制度」とも違う気がするし・・・・。
誰か教えて下さい(^-^;)

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コメント

 番組の内容レポート、興味深く拝見しました。
中原さんが挙げられていますが、福島真人編「身体の構築学」では、能や伝統芸能などの徒弟制について、正統的周辺参加とワザ研究の両方から分析されています。
 私は、ごはんを盛り付けたりすることが本当に芸に役立っているかどうかはともかく(それを本当に証明するのは難しいですし)、奥様や内弟子の方々がそれら全ては「芸を学ぶためにある」と信じて日々おこなっておられる、ということ自体が興味深いと思いました。そう信じることが、「参加」ということなのであり、学習なのだなぁ、と思いました。

投稿: araki | 2005/02/06 17:14

中原です。

北村さん、オモシロイ番組をごらんになったのですね。

教育学でこの手の研究と言うことになると、2つあげることができると思います。

まずひとつ思いつくのは、Lave & Wengerの書いた正統的周辺参加です。もし、内弟子たちが、食事の準備の中で、将来、能楽を演ずる上で必要不可欠な事柄を学んでいるのだとしたら、今、内弟子がおかれている状況は、まさに「周辺的参加」だと言えるかもしれません。

もちろん、その場が正統的周辺参加を可能にする場なのか、どうかは、この記述ではわかりません。研究者がフィールドノーツを持参し、観察する必要があると思います。

あともうひとつは、いわゆる「ワザ研究」というヤツです。

「わざ」から知る.[東京大学出版会,(1987)]
「わざ」の理解.[岩波書店,(1987)]

などをご覧ください。一子相伝!?のワザをどのように伝承するか、認知過程についてあつかった本です。

投稿: 中原 淳 | 2005/02/06 14:12

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