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2005/04/02

Beatセミナー05-1 ミミ号の冒険

今日はBeatセミナーに行った。
Beatというのは「ベネッセ先端教育技術学講座 Benesse department of Educational Advanced Technology」。

ケータイを中心とするデジタルメディアやデバイスと教育の結びつきを考えるプロジェクトで、リーダーは、僕がいつもご指導いただいている東京大学大学院情報学環の山内祐平先生だ。→Beatウェブサイト

今日は2005年度の第1回セミナー。

「05年度のBeatセミナーは通常の研究会では教材のクリティーク(批評)をする。eラーニングをはじめとする様々な試みでは失敗が繰り返されている。その失敗の多くは前も聞いたことがあるような失敗。同じ過ちが繰り返されるのは歴史を知らないため、そして歴史をまとめている本が無いため。そこでセミナーで古典的なコンテンツを中心にレビューし、その成功と失敗、功罪を整理していき、それを本にしていきたい」と山内先生。

とても面白そうな試みだし、「誰かがやったであろう失敗を繰り返している」というのは、僕をはじめとする企業内教育関係者、特にeラーニングに携わっている人なら共感するところだと思う。

今日のネタは「ミミ号の航海(The Voyage of the MIMI)」。

1984年に開発された世界初のマルチメディア教材で、20年経った今もアメリカの小学校で使われている、まさに古典だ。ちなみにこの教材、ビデオ(ドラマ映像と探究映像各13本)、コンピュータソフト、教師用ガイド、生徒用ワークシート、教科書、掛け図からなる本当の意味でのマルチ「メディア」だ。(物理的にも様々な媒体を使っているという意味で)

巨額な米国国家予算(84年当時の金額で6億円以上と言われている)を費やしたコンテンツで、映像はとても良く出来ていて、リアリティが高い上に、学習要素が巧みに織り込まれている。確かにお金かかっただろうな・・・という出来だ。

ただし、予定した2本の完成後、3本目の企画を立てたが予算が確保できなかった。それは作った教材の評価が出来ていなかった(あるいは「やらなかった」)ためだと言われている。歴史に残る教材ではあるものの、評価に関しては歴史的な失敗と言われているそうだ。

さて、今日のセミナーでは「いきなりラウンドテーブル」という企画があり、受講者として来ていた人がいきなり司会の山内先生に呼び出され、ラウンドテーブル(パネル・ディスカッション)を展開することになった。

Beat20050402

呼ばれたのは、Beatのフェローの中原さん(@東大)、教育コンテンツプロデュースを多く手がけていらっしゃる五藤さん、そして僕。

山内先生と他のお二人はこういった教材の専門家でミミ号にも詳しかったけど、僕はミミ号のことを詳しく知らなかったので「え”~勘弁してよ~」ってところだったんだけど、山内先生いわく「詳しく知らない方が良いんですよ。こういった学校教育・科学教育のやり方が企業内教育に通じるかどうか、という観点で話して下さい」と言われて前に出た。

ディスカッションして僕が思ったことは、教材の普及の方法とか、作った教材の効果をアピールして次に繋げるやり方って、案外研究もされていなければ、知見もノウハウも蓄積されていなそうだってこと。

企業内教育では(っていうか、教育で予算が必要なものは全てそうだと思うけど・・・・)、予算を獲得するにも、その予算の有効性の検証にも、正当化するだけの何かが必要で、それが無いと予算が削減されたり、企画が打ちきりになる。それに使う人が増えないと、その正当化さえ難しいので、プロモーション(学校教育だとこれを「普及」と言う(^-^;))も大事。

そこらへんは教育ビジネスのプロデュースには欠かせない要素なんだけど、あまり語られることは無いようだ。
逆にそこらへんは僕の仕事の中でも大きな部分だし、これから「教育ビジネスプロデュース論」みたいなものを研究していくとオモシロイかな、って思った。

セミナーの詳しい内容はそのうちBeatセミナーのサイトにアップされるのでそちらをご覧下さい。

今年度のBeatセミナーは、教育メディアに興味のある皆さんにはお勧めです。これからも、
この世界では有名なものを取り上げる予定だそうですので、通しで聴講すると、かなり「通」になれると思います。ちなみに参加は無料、Beatセミナーのサイトから申し込めます。

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2005/04/01

新人研修この10年

4月1日、抜けるような青い空。
昨日の色々な別れを引きずりながら昨日と同じように出社する僕には少し哀しいくらいの青空だったけど、でも人生の新しいステージに立つ人、新しいステップを踏み出す人が多いこの日は快晴が良いよね。

冬が長かったせいか強く感じる春の光が、みんなの門出を祝っているように感じたのは僕だけじゃないと思う。

さて、今日は入社式と新人導入研修の初日。ある教育関係の雑誌に「教育研修部門の晴れ舞台」と表現されていたけど、晴れ舞台かどうかは別として一年で最もみんなの力を問われる日でもある。

そんな日、新人研修での事務局担当でなく、4月の間は講師としての当番もない僕はず~っとオフィスにいた。個人情報保護法対応の最後の仕上げの細々とした仕事をしながら、導入研修のトラブルに備えてスタンバイしていた。

東京海上日動は衛星放送のシステムを持っていて、本店での入社式や新人研修の講義を全国の支店に配信し、地域型新人(各支店で採用)は支店でTVを通じて研修を受ける。

今年は殆どノートラブルで(ちょっとだけ送出電波が乱れたみたいだけど、一説によると飛行船の影響だったとか・・・本当かな?)スタンバイしていた僕の出番は無しだった。

ふと10年前のことを思い出した。

10年前の新人導入研修。それはHRAが人事部門から独立して設立されて最初の、そして僕にとってもHRAに出向して最初の導入研修だった。

なおかつ、この導入研修はHRAにとっても東京海上(当時)にとってもエポックメイキングなイベントだった。研修の場で始めてPowerPointが使われた日だったからだ。

まだ、PowerPoint(どころかパソコン)はそれほど普及していた訳ではなく(Windows95は前年に発売)、特に企業・学校を問わず教育用途ではそれほど使われていなかった。

前年の12月に「東京海上のプレゼンをビジュアル化するために、HRAの全講師が新人導入研修でPowerPointを使い、東京海上社内にインパクトを与える」ということが決まり、そのためのプロジェクトを僕が担当することになった。僕にとってはシスアドとしての最初の大仕事だったし、教育メディアとの最初の関わりでもあった。

プロジェクトは14人いた講師陣全員分のパソコンを購入することから始まった。予算はごく限られていたため、秋葉原のT-ZONEのアウトレットショップで型落ち直後の富士通Deskpower14台と実際に講義で使うためのThinkPad530を2台、かなり値引きしてもらって買った。

それらのパソコンはWindows3.1版だったため、納入直後にWindows95にアップグレードし、MS-Office95をインストールした。

それからPowerPointを使い始めた。
僕も使い方を全然知らなかったのでまずパソコン教室に行き使い方を習い、衛星放送の画面にのせやすいPowerPointの画面のデザインや色づかいを放送スタッフと模索し、それを講師陣に伝えた。

講師陣からはパソコンの使い方やPowerPointの使い方を毎日質問された。僕もWindows95やPowerPointは良くわからなかった(DOSとWindows3.1しか使ったことが無かった)ので、質問される度に必死に調べたり、「明日までに答えます」といって夜遅くまで勉強して、何とかこなしていった。

講師の中には「俺はパソコンなんか使わん」という人がいて、説得しなくちゃいけなかった。逆にパソコンにはまって講義の中身の準備が進まない人も出てきたので、凝りすぎないように誘導しなくちゃいけないこともあった。

4月1日も大変だった。

パソコンの画面をコンバータを通してTV用の映像として流すのだが、パソコンはフリーズするは、コンバータは動作不良になるは、パソコンの画面と講師の顔を撮すカメラの切り替えはうまくいかないは・・・。最初の3日間は社内をかけずり回ってヘトヘトになった。

おまけにパソコンの台数が限られていたため、予備のノートパソコンを本店(丸の内)から使うときだけ千駄ヶ谷にある研修所に運び、研修所で使い終わったらまた本店に持って帰るという運び屋もやった。

無我夢中の新人研修だったけど、何とか講師全員がPowerPointを使って講義を行った。東京海上社内でのインパクトはかなりのものだった。新人・新人以外の社員を問わず、PowerPointの画面をはじめて見た人が多かったし、しかも、それを使っている講師の殆どは50歳以上だったからだ。若い社員は相当刺激を受けたそうだ。

10年経った。

うちの講師に限らず、みんなプレゼンでは当たり前のようにパソコンやPowerPointと使うようになった。そして最初に書いたように関係者みんながそういった研修に慣れてきたし、パソコンをはじめとする機材の充実もあり、僕が社内をかけずり回ることも無い。その意味ではとても進歩したし、その進歩を誇りに思う。

だけど、教育として、研修として本当に進歩しているだろうか?メディア・表現としてはどうだろう?新人から見てどうかな?ってふと思った。

確かに講義はビジュアル化できた。日頃講師をしない社員までもがPowerPointを使って講義をしている。
それは今や、企業でも学校でも当たり前の姿だ。

それだけに、もしかしたら10年前の方が、受講者もPowerPointを見たことが無かったであろう分だけ刺激的で新鮮な講義だったかもしれない。少なくとも先進的には見えただろう。逆に、デジタルメディアに囲まれて育った今の若い人たちには会社のオジサン・オバサン達の作るPowerPointの画面なんかはかったるくて、イケてないものに見えるかもしれない。

もちろん、研修や教育が刺激的でさえあれば、あるいは先進的でさえあれば良いという訳じゃない。だけど、社員として、社会人としての新しい一歩を踏み出す新入社員には、良い意味で「やっぱり社会って、会社ってすごいなぁ」って思ってもらえるような研修や講義を提供したい。

その想いは10年前も今も変わらず、新人の研修に関わる誰もが持っているはずだ。
だとすると、新人研修は、常にその時点の「今」に相応しいもの、その時点のワカモノに伝わるものでなければならないはずだ。

おそらく1995年当時は、まだ普及していないパソコンやPowerPointを使うことで、それが出来ていたはずだ。
では2005年の今年はどうだろう。もし出来ていないとすれば、僕らは何をすべきだろう。

インストラクショナル・デザインやインストラクション・スキル、画面のデザイン・・・・色々なことを思いついたけど、その前提として、時代の息づかいを感じているだろうか?そしてイマドキのワカモノ達が育ってきた環境が見えているだろうか?ってことがちょっと心配になった。

幸いここ数年、SLCや岩手県立大や学会などで学生・院生の皆さんと一緒に過ごす時間が長いのが救いではあるけど・・・自信は無いなぁ。

トラブルが起きないことを祈りつつ、オフィスでスタンバイし続けた今日一日。この10年を振り返りながら、そんなことを考えていた。そういえばあのころの僕は33歳、今はもう43歳なんだよね・・・・。

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2005/03/31

Bye-now! Mamie!

今日は3月31日。僕の勤務先の定期人事異動は7月1日だけど、年度末の今日、本当に沢山の別れがあった。

@niftyのパソコン通信フォーラムみたいに予定してた「お別れ」も多かったけど、今日はそうじゃない予定外のものが朝から連発してかなりブルーな一日になった。(とはいえ、明日から個人情報保護法が発効するので、ボーっとしていられなかったんだけど・・・)

まず、久々に早起きしたら(このところ体調が悪くて早起きできない日が続いていた)、J-WAVEの好きだった早朝番組「LOHAS MORNING」が今日で終わりっていう。ゆったりと流れるこの番組を聞きながら、寝起きの頭を少しずつ働かせていくという生活のリズムは明日から変えなくちゃ。こういうのって結構こたえるんだよね。

出社途中でよくコーヒーを買う、僕の勤務先が入っているビルの入口にあるタリーズの店長さんも今日で退職だという。この店長さんは何故か気があって、コーヒーを買う度におしゃべりをし、テンションを少し上げてから出社していただけにこれもまた生活のリズムの変更を余儀なくされそう。

夕方、プリンターやコピー機でお世話になっているリコーさんの営業の方々が突然来社。担当が変わるという。うちの会社を新人のころから4年間担当してくれていたHさんは一生懸命いろいろな提案をしてくれ楽しく仕事が出来たし、ずいぶん無理も聞いてもらっていただけに寂しい。

ここまで予定外のお別れが続けばブルーにもなるよね。

で、夕方には予定してたお別れに突入。(泣)

昨年の11月から働いてくれていた派遣社員のMさんも今日でお別れ。仕事が速くて正確な上、ソフトな空気を醸し出していた人なのでとても残念。

_shochan
そして、3/16の記事「プレゼン研修開発ミーティング」でも書いた大先輩の中村さんも社員としては今日が最後。もっとも明日「客員研究員としての初出勤」だそうで「じゃあ、また明日」って言いながら退社していったから、「別れ」としてはノーカウントかも。

こんなふうに今日は、本当に沢山のお別れがあったんだけど、その中でも一番大きいのは、この2年間、システム管理・eラーニング両方の仕事を一緒にしてきた津原 麻美さん(通称Mamie)の退職(転職)だ。
この2年間で色々なことを一緒にやってきて、チームとして一緒に育ってきた大事なパートナーだ。

with_mamie

僕一人じゃとてもできそうにないこと、今まで出来なかったことが、Mamieや一緒に働いてくれる派遣社員の皆さんとのチームワークで随分実現できた。そして、いつも陽気に仕事をしてくれることで、僕は随分励まされたし助けられた。「感謝の言葉もない」って表現でしか言い表せないほど感謝してます。

そんな大事なパートナーが居なくなってしまうのは本当につらい。
でも、「今まで一緒にしてきた仕事はとても勉強になったし、本当に楽しかった」って言ってくれたことが何より嬉しかった。

そして次の仕事もまた社会人教育関係の仕事(らしい)ってこともとても嬉しい。
教育に関する知識や経験を得た人が、教育関係の仕事でキャリアアップしていけるような世の中にしたい、というのが僕自身の願いっていうか、もっと言うと自分が社会に果たしたいミッションだからだ。

また一緒に仕事ができると良いね。もしかしたら競合相手になるのかもしれないけど、そのときは正々堂々と勝負しましょう。(^-^;)

Good-byd(さようなら)とは言いません。Bye-now(またね)!Mamie!

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最後のパソコン通信巡回

先ほどNiftermを使って、パソコン通信へのお別れとして最後のフォーラム巡回をした。
あたりまえだけど、どこにも新しい発言は無い。怖いくらい静かだった。

そして、多くのフォーラムでは"GO ~"コマンド(~フォーラムへ行け)が打ち込まれると、フォーラムのオープニングメッセージや会議室の一覧は表示されず「このパソコン通信フォーラムは終了です。今後は http://forum.nifty.com/ へどうぞ」という一行だけが表示される。

本当に終わっちゃったんだね・・・・。

去年の10月に書いた通りniftyに入会して、つまりパソコン通信を始めてから10年+ちょっと。

トラックバックしてくれた「うきうき」さんが書いてたとおり、この10年+ちょっとの間、特に始めたころは、本当に色々な人との出会い、いろいろなドキドキ・ワクワクの経験があった。パソコン通信という新しいメディアならばこその新しい経験だったと思う。

そんな経験を出来た時代を過ごせたことは本当に幸せだったと思う。
そして、その幸せな時代につちかうことができた人との繋がりをこれからも大事にしよう。

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さよならFLIC、さよならシスアドサロン

@niftyのパソコン通信フォーラムが今日、3月31日で幕を閉じる。
それに伴い、ライセンス資格試験フォーラム(FLIC)もパソコン通信としては終了。
僕のこの10年間の(≒HRAでの)キャリアの前半はシスアドとしてのものだった。
そして、シスアドとしての僕はこのフォーラムに育てられた。

このフォーラムの中の7番会議室であるシスアドサロンは僕をシスアドにしてくれた。
資格取得だけでなく、その後のシスアドとしての仕事の仕方、大袈裟に言えばシスアドとしての生き方をここで教わった。
そして、僕を育ててくれた初代議長の山田谷さんから引き継ぎ、2代目の議長を務めたことは僕の人生の中でもものすごく大きなことだった。

それだけにとても寂しい。
書き込みができる最後の日、3/19日に投稿した。その文章(下記)がシスアドサロンの最後の発言になった。
ちょっとセンチになっていますが、よろしければお付き合いください。

=============================

ひとまず、さようなら ( 7) 05/03/19 20:59

みなさん
北村です。こんにちは。

いよいよ、このシスアドサロンも今日が限りで書き込みできなくなります。
これまでの皆さんの参加に心から感謝いたします。

私にとって、このシスアドサロンは人生の中でとても大きな存在でした。

損害保険会社で「生涯一営業」と決めていた人生が病気によって崩れ、営業部門から離れて教育部門に異動し、当時の言い方でいうと「情報化推進」を担うことになったとき、何も分からない私にとっての「師匠」は山田谷さんをはじめとする当時の常連さんたちでした。

そして、初級シスアドになれたのも、上級シスアドになれたのもこのサロンやFLICで出会った多くの「師匠」の皆さんの応援あらばこそでした。

サロンの議長を山田谷さんから委ねられたとき、とても自分には無理だと思いましたが、それでもなんとか全うできたのはFLICのスタッフの皆さん、そしてサロンを盛り上げてくださった皆さんのお陰です。

そして、議長を務めたために、様々な人との出会いがあり、あるいは初対面の人でも「シスアドサロンの議長さんなんですね」といって親しく、そして敬意をもって接してくれました。

また、先の藤原さんへのResでも書きましたとおり、情報バリアフリーやアクセシビリティというとても大事なことに気付かせていただいたのもこのサロンでした。

そう、今日の私があるのは、このサロンあらばこそ、そしてこのサロンに関わる全ての皆さんのお陰なのです。

私はこのサロンで、仕事をしていくための知恵、プロとして自分をアピールするための資格、この世界での信用、人脈、色々な人たちと一緒にコミュニティを運用していく経験や自信、何より多くの師・友人を得ることができました。

ここで出会った全ての全ての皆さんへの感謝の気持ちで一杯です。

私自身は今、教育の専門家を目指して仕事をしていて、シスアド的な仕事をする時間は減ってきています。

それに伴ってサロンへのアクセスも減ってしまいましたが、それでもシスアド的な仕事が皆無になることはないでしょうし、何より「シスアド的な生き方」は一生続くもの、そして一生続けていこうと思っています。

私にとって「シスアド的な生き方」、それは人生や生活や仕事の中で、使う側の視点からITを使いこなす生き方。そしてITをはじめとする新しいものにいつも興味を持ち、自分なりに解釈しある時は批判し、ITに振り回されず、ITを楽しく振り回す生き方。そしてITで周りの人や自分をより幸せにしていく生き方だと思っています。そう思えるようになったのもこのサロンのお陰です。

皆さんはいかがですか?
おそらく、このサロンのメンバーの皆さんの多くは「シスアド的な生き方」を選ばれ、そしてこれからも何らかの形で続けていかれると思います。

「シスアド的な生き方」を続ける限り、このサロンで出会った私たちは一生繋がり続けられるものと信じています。
そして、その繋がりこそが「シスアドサロン」そのものだと。

パソコン通信としてのFLICSやシスアドサロンはもうすぐ幕が下りますが、Webフォーラムとしてはまだまだ続きます。
http://forum.nifty.com/flic/

また、上級シスアド連絡会(http://www.jsdg.org)も上級シスアドの皆さんだ
けでなく、シスアド的な仕事をしている全ての人を歓迎しています。

ひとまず、さようなら。
そして、またどこかで会いましょう。

ありがとうございました。

追伸
最後の議長を務めていただいたくまとどさん。
長い間副議長を務めていただいたオフサイド平塚さん。
議長・副議長の私たちを目立たぬように(^-^;)暖かく見守り・支えてくださったSysopのああたらさんも!
本当にお疲れ様でした。

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2005/03/30

勝った~日本代表2位に浮上!

日本、勝利! \(^o^)/

オウンゴールだったけど、あれはペナルティエリア内での粘りが生んだ、日本選手が入れたに等しいゴールだったよね。辛勝だったけど・・・とにかく勝って良かった!

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1日1日、“きょうは全身全霊打ち込めたか”と確認してきた。

サッカー日本代表監督のジーコさんのバーレーン戦を前にした昨日の記者会見での言葉。

 「プレッシャーは正直まったく感じていない。就任してからは1日1日、“きょうは全身全霊打ち込めたか”と確認してきた。監督の契約を結んだときから、重要な仕事と理解してきた。日本のために最適な人を選ぶ権利は日本協会にある。雇われている限りは全力を尽くす」

この言葉から、ジーコさんのプロとしての誠実さを感じ、自分はどうか?を思わず自問自答してしまった。
さすがジーコさん。

前にも書いたけど、僕はジーコさんを尊敬している。プロフェッショナルとしての心構えとFor the Teamの精神(個性を磨き、その個性をチームに捧げること)を教えてくれたからだ。直接お目に掛かったことは無いけど・・・・。

もう一つ、しびれるコメントがあった。マイクを向けられた中田英の 「勝たなきゃいけない。それ以外、何かありますか? 逆に」。中田らしい、静かな中にプロとしての気持ちを感じる一言だった。

今日のバーレーン戦、埼スタに応援に行けず、しかも仕事の関係でテレビ観戦も出来なそうだけど、勝利を信じて気持ちだけでも埼スタに送ろう。

埼スタに行く皆さん、応援よろしくお願いします。テレビを見ることができる皆さん、気持ちを埼スタに送って下さい!!

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2005/03/29

BSアニメ夜話「新世紀エヴァンゲリオン」に学ぶ

僕は「新世紀エヴァンゲリオン」(通称「エヴァ」)が好きだ。TVで放映されていた時には見ていなかったのだが、深夜の再放送をたまたま見て、すぐに虜になった。その後は映画を欠かさず見、CDはボックスで買い、Eva本はブックオフで買いそろえ・・・という正しい(?)エヴァ道を歩んだ。

その「エヴァ」がついに昨夜、BSアニメ夜話に登場した。

司会は岡田斗司夫さん、ゲストはプロデューサー大月俊倫さん、アスカ役声優の宮村優子さん、小説家の滝本竜彦さんなど。

番組は岡田さんの「宮村さん、まずは一言」に、宮村さんが「あんた、ばかぁ?」というアスカのキメ台詞でこたえるところから始まった。(お約束・・・)

この番組はコメンテーターがそれぞれ選び一番好きなシーンを見てからトークを展開する、という流れで進んだ。
ゲストが何を選ぶかはとても興味深かった。

プロデューサの大月さんはオープニングアニメ(主題歌とそのバックで流れるアニメ)を選んだ。
このオープニングアニメは後にも先にもない、高次元のものとして評価が高い。

裏話として面白かったのは
・大月さんは「高次元、かつカラオケで歌えるもの」として作った。(実際、今日僕はふと気付くと、この主題歌を口ずさんでいた・・・恐るべし)
・大月さんはエヴァを99.9%庵野監督に任せたが、このウタだけは自分で作った。(他のスタッフにも一切相談しなかった)
・まだ台本も出来る前に、大月さんたちは声優さんにこのオープニングアニメだけを見せて「世界観を共有してくれ」といった。

オープニングアニメは「エヴァの世界観を映し出したモノ」という事後的なものではなく、むしろ「エヴァの世界観を示すもの」、いわばプロジェクトのツール、コンセプトを示すツールだったということが、僕にとっては「ヘエ」ものだった。

あと、宮村さんの話から、録音したセリフのうち使われなかったものが多かったこと(セリフ無しの音楽だけでやってしまったり・・・)、セリフそのものも声優さんと相談しながら決めていったことも分かり面白かった。

庵野監督はしばしば声優さんたちに「こういうとき、どう思う?どんな言葉を発する?」という投げかけをし、声優さんの答えからセリフを決めていったそうだ。例えば、映画版の一番最後のセリフ(シンジ君に首を絞められたアスカの放つ言葉)は当初「あんたなんかに殺されるのはまっぴらよ」だったんだけど、これも当初決めたものがイメージと合わず、宮村さんと話しながら決まったのが「気持ち悪い」。

映画を見た人は分かると思うけど、この「気持ち悪い」はすごくインパクトがあった。なにせ、「気持ち悪い」のセリフのすぐ後に「終劇」という文字が出て、エンドロールも無しに映画は終了し、場内が明るくなってしまうんだから。
そう、観客を映画からいきなり放り出してしまったようなエンディングだった。

あのすごいエンディングはコラボレーションの中から生まれたのか・・・。
現場はさぞや壮絶だっただろうと思う。監督も声優も一緒に悩み続けるんだから。

さて、今回の番組、エヴァファンとしては大月さんや宮村さんからこういったインサイドストーリーを聞けるのも楽しみだったが、それ以上に滝本さんがすごく面白かった。滝本さんは高校生の時にはまり、今も年に一回は一通り見直すそうだ。

滝本さんが選んだシーンは主人公の男の子シンジが、敵(使徒という未知の敵)を前に戦おうとしないシーン。

「シンジ君はヒーローじゃなきゃいけない。『やだ、戦いたくない。やってられない』というのがヒーローらしくてよい。シンジ君の立場になったら、100人が100人『よ~し、人類のために戦うぞ』というはずなのに、シンジ君は地球の未来より自分の悩みを優先して一切戦おうとしない。逃げたりする方が戦うよりよほどつらいはずなのに、逃げている。それがカッコイイと思い、尊敬した。」

僕はこの話を聞いて、滝本さんに共感した。
この作品のテーマは「積極的逃避」だと思っていたからで、実際、監督である庵野さんも「幕末太陽傳」(川島雄三監督の名作コメディ。当初計画のラストシーンではフランキー堺演じる主役が撮影所の外まで逃げるというものだったが、当時としてはあまりのトンガリかただったため、スタッフの猛反対を受けボツになったそうだ)の影響をインタビューで示唆していた。

ちなみに滝本さんは、評論家が語るエヴァを聞いて「なんだこの分かったようなことを言っている連中は。世界で一番エヴァを分かっているのは俺なのにこのクズどもは何を戯言を・・」と思い、飲み屋で「エヴァ劇場版って失敗作だよね」と言う友人にテーブルを叩きながら「おまえに何が分かる!おまえごときにエヴァの素晴らしさは分からない。死んでしまえ」と激高したそうだ。番組中も他のゲストの発言にちょっと「プルプル」きていたこともあって、妙な緊張感があった。

そして、一番好きなキャラは綾波レイだという。「なぜ?」と聞かれては「人を好きになった理由は言葉にできない」という。「物書きとして、あえて言語化したら?」との質問にも「だって綾波ですよ」と。(^-^;)
僕はこの一言にも共感した。「なぜその人が好きか」に答えられるとしたら、本当に好きだとは言えないと僕も思っているからだ。

番組の中での滝本さんの発言というか言動に「う~ん、わかる。わかるぞぉ」を連発してしまった。
こんど滝本さんの作品も読んでみよう。

さて、この他に印象的だった話をいくつか。
・エヴァは声優・作画・プロデューサ、・・・という立場を無くすという壮大な実験だった。庵野監督は自分の意図をやってもらうことではなく、自分と同じ問題を悩み、みんなで同じ地平を目指して欲しかった。(岡田さん)
・エヴァの企画を関係者に持ち込んだとき「あんた、社損をかましてクビになるよ」とネクタイを締めた立派なオッサンに言われた。だけど結果は大ヒット。このようにボロカス言われてもやる、ってことが今は無い。それが問題なんだ。(大月さん)
・エヴァは面白いアニメ。アニメ夜話にしても、エヴァ本などにしても「難しさ」を見ているが、実は丁寧に作られた面白いアニメだったからヒットした。文学性に注目されてしまうし、後続のアニメも文学性を追ったりしているけど、本質は「面白い」ってこと。それが理解されないからエヴァに続くヒットは出てこないんだよね(岡田さん)

僕は、研修やeラーニングを開発・制作する上で、アニメをはじめとするエンターテイメントの制作はとても参考になると思っている。もちろん、研修なので、ちゃんと目的や目標は定めなくちゃいけないんだけど、受講者にどう楽しんでもらうか、心をどう揺さぶるか・・・・といったことを考えながら、誠実にオモシロイものを作っていくというのは同じじゃないのかな、と。

それで映画やアニメのプロデューサや監督なんかの話や本もけっこう好きでよく聞いたり読んだりするんだけど、このアニメ夜話にも、とても刺激を受けた。
「こんな研修、ダメに決まってるだろ」と言われる位の「攻めた」「とんがった」企画を通し、いろいろな人とのコラボレーションの中で悩みを共有しながら圧倒的にオモシロイものを作ってみたい、そんな風に思った。

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2005/03/28

04年度後期SLC終了

SLC(Seminar of Learning and Collaboration 東大先端研の妹尾堅一郎先生を中心とした学生と社会人のゼミ)04年後期が先週の土曜日(3/26)で終了。

4年生2人の追い出しも兼ねて最終日の発表・講義と懇親会が行われた。妹尾ゼミ(産能大や慶應SFC時代の)OB・OGのみんなも来てくれた。

今期のSLCのテーマは「構想学の研究」。学生と社会人それぞれでチームを組み、各チーム1冊選んだ構想関係の本を解析していった。

取り上げた本は
メディア論(マーシャル・マクルーハン)
ビルゲイツ未来を語る(ビル・ゲイツ)
知識社会の衝撃(ダニエル・ベル)
・日本列島改造論(田中角栄)
・不確実性の時代(上)(下)(ジョン・K・ガルブレイス)

それぞれの本で語られている構想そのものの中身より、構想がどのように語られているか?どうすれば構想を訴えることができるか?をグループワークを通じて考えてきた。

僕が取り組んだのはメディア論。
「メディア論」はきちんと読みたい本の一冊だった。教育、特にe-Leanringの仕事をするようになってから、メディアというものをちゃんと勉強したいと思い続けてきた。「メディア論」も実際に何回も読んだけど、自分で納得いくまで理解できたこと、というか理解できた気がしたことが無かった。

それだけに、今回のゼミを通じ、「それなりに」理解できてとても満足している。

「それなりに」というのは、まだまだ読み込みの甘さを最後のプレゼンで痛感したからだ。妹尾先生や他のグループの皆さんからの的を得た質問に十分答えることはできなかったし、同じメディア論を読み込んだ学生さん(ゼミ代の小川さん)の方が深い読み込みができていた。社会人vs学生のプレゼン合戦は惨敗・・・・。(^-^;)

とはいえ、良い仲間(西山さん@リクルート、伊澤さん@東大先端研)と一緒に議論し、解釈や考え方の違いをぶつけ合いながら読むことができ、とても楽しかったし、勉強になった。

ちなみに、西山さんと伊澤さんはどの本を読むか決める回のゼミを欠席したために、自分で選ぶことなく(僕がお誘いして)「メディア論」を読むことになったんだけど、最初のうちはあまりの難しさに僕を恨んだそうだ・・・(^-^;)。それくらい「メディア論」はチャレンジングな本だった。(「メディア論」についてはまた改めて・・・・)

そのチャレンジングな本を不十分ながらも読み込んでプレゼンまでたどり着くことができたのは、一緒に読み進んでくれるチームの仲間、プレゼンに対し様々な問いかけをしてくれたゼミの皆さん、読み込みの甘さを示唆しつつ読み解くためのアドバイスを下さった妹尾先生のおかげ。「自分にとって難しいこと」を学ぼうとするときのコラボレーティブな学習の良さを改めて感じたこの半年だった。

妹尾先生、SLCのゼミ生(社会人・学生)の皆さん、特に同じチームだった西山さん、伊澤さん。本当にありがとうございました。

SLC050326
(クリックすると、とても大きい写真が展開します。不用意にクリックしないことをお勧めします)

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2005/03/27

PECでヨシズミさん送別会

今日はクリークアンドリバー社というクリエイターエージェンシーの教育部門であるPEC(プロフェッショナルエデュケーションセンター)のヨシズミさんの送別会。

僕はWeb、映像、コンテンツのプロデュースやディレクション、プレゼンテーションなどのこと、このPECで勉強させてもらっている。PECでは現役のクリエイターから直接実務的なことを教えてもらえるため、仕事にとても役に立つ。また、講師や他の受講者(こちらも現役クリエイターやその卵(^-^;))との交流もできることも大きい。(なにせ、勤務先は保険会社グループの研修会社なので、コンテンツ系の「とんがった」を聞ける相手が居なくて・・・・)

いわゆる企業人向けのセミナーとは講師も受講者も内容も全然違うので、本当に頭と気分のリフレッシュにもなり、いつも楽しみにしている。といってもここ半年は忙しくてなかなか受講できずにいるけど・・・。

受講料もリーズナブルなので、コンテンツ制作に興味がある人には一度受講されることをお勧めします。
詳しくはPECのホームページをご覧下さい。

さて、ヨシズミさんには、受講する度にとてもお世話になった。

受講者が気持ちよく、リラックスして学習できるようにいつも気を配られていたし、来場する受講者をいつも暖かくフレンドリーに迎えてくれた。(もちろん節度ある「フレンドリー」)

僕はPECの受講者の中では年長者で、たまに教室が場違いに感じるときもあったけど(僕より随分若い人が多いんですよ・・・)、ヨシズミさんがいつものようにフレンドリーに声を掛けてくれることでずいぶんリラックスできた。
遅刻して息を切らして飛び込むことが何回もあったけど、そんなときもヨシズミさんがいつものようにニコニコと迎えてくれ席に誘導してくれたおかげで落ち着きを取り戻して学習にすぐ集中できた。

僕はそんな経験を通じて、受講者をフレンドリーに迎えることの大切さをヨシズミさんから教わったと思っている。

会社の研修で、それまでも「暖かく」は受講者を迎えていたつもりだけど、「フレンドリー」って感じじゃなかった。
言葉でその違いを表現するのは難しいけど、強いて言えば「にこやかに丁寧に」と「にこやかにカジュアルに」の違いくらいだろうか。もちろん微妙な違いだし、会社の研修とあらばフレンドリーにもかなりの節度が求められるけど、それでも「フレンドリー」を心がけることで、受講者の研修開始早々の緊張の解け方が随分違うように感じた。

ヨシズミさんは札幌にご家族(奥様と10ヶ月のお子さん)と一緒に移住するそうなんだけど、何とまだ札幌での仕事は決まっていないそうです。札幌で良い仕事があるよ、と言う方は僕に教えてください。ヨシズミさんにマージン無しでおつなぎします(^-^;)

ヨシズミさん、本当にお世話になりました。札幌でも元気で楽しい生活を!

ハタさん、ヨシズミさん、僕

写真はPECスタッフのハタさん、ヨシズミさん、僕。
PECのセミナーやワークショップを受講すると美しくて優しい(^-^)ハタさんに会えます。

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